少林寺坐禅気功 マインドフルネス

少林寺気功のクラスには、瞑想=坐禅気功のクラスがあります。

その中の「他心通」という方法。日常にとても役に立つと思うのでご紹介します。

他心通(他心智証通)相手の心がわかる方法。

深い入静状態が必要。深い入静状態になると他人の心はわかる。

座禅瞑想を、長く練習して思うように効果が出ない場合は、下記の精神の訓練ができていない。心に抵抗があってはならない。
気功でも動作やポーズは師匠の教え通りに行えばいずれ上達が目に見えるが、心の部分は、自分次第。師匠が教えても自分の根本、心の根が変わらなければならない。他人の動作や行動は目に見えてわかるが、相手の心や精神活動は目には見えない。
まずは、他人の心を知るには、自分は犠牲でもいい、すべては他人の為に。これが基本です。他人の為だから、他人の心がわかる。

相手の心理活動は読める、すごい能力
具体的の表現は、この四つの字で表現される。
舎=寄付という意味だが、金銭を寄付するという意味とは少し違う。
自分の欲望、地位、持っているものを捨てて、もう捨てる何にもない状態になると自分は空、無になる。すべて捨てたら悟りになります。
 物質的な物は捨てても、豊かな精神は持っている。
世の中では、皆さんお寺にお金を寄付する。これは物質の世界。本当の仏教の世界では、
自分は、大勢の人を良い道に連れて行く、これは最大の舎。
少林寺指導員コースで、指導員が自分の身に着けた良いものを、他人に教えるという事は、自分の持っている良いものを人々に与えるということになるから舎になる。
人の為になることを惜しみなく与えること。

喜= 自分の事ではなく、他人の良いことを喜ぶ。自分の友人だけではなく、
   自分からみて嫌いな人の事を喜ぶ。自分の好きな人への愛は当たり前、小さいもの。無条件に、自分の敵でも、どの生命体にも愛を与える、これは偉大である。
慈= お母さんのイメージ。慈母=全てのものに対してお母さんのような温かい心で対応する。すべてを許す。恨んでいる人にも、無限のような慈愛心。相手が間違えの道を進んだら、厳しく注意する。いつでもニコニコはやさしさではない。相手を思いやる厳しさは、慈になる。
悲= 相手の為に悲しむ。相手がかわいそうだから助ける。乞食、弱い人に対して
なにも感じない、これはダメ、相手の為に良い方法を考える、助ける。

修行の基本的の条件は、形、技術だけのものではない。瞑想で入静しても、色々な物(邪魔)が入ってくる。これは、自分が一番だから問題がたくさん出てくる。
他人が一番ではなく、自分が空、無になれば深い入静状態となる。なにも邪魔は出てこない。
高レベルの瞑想状態となる。この状態になれないという事は、上記の4つが足りない。
座禅も形、技術ではない。人間性と心、功徳があれば成功する。
高い功徳があれば、瞑想は成功する。自分の事ばかり考えてる人は、高いレベルに行けない。

入静に入り、まず自分を見る、心の中に上記の四つが充満していれば、他人の心はわかる。
すべてが相手の為の「気」になれば、相手に入っていける。
高いレベルの訓練は、人間性と心の訓練をすること。

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